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荒木経惟

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荒木経惟 写狂老人A

2017年7月8日(土)—9月3日(日) 東京オペラシティ アートギャラリー

荒木経惟 センチメンタルな旅 1971-2017-

2017年7月25日(火)—9月24日(日) 東京都写真美術館

 

展覧会で作品をどういう風に見ればいいかわからない。と言われることがあります。感性とかセンスの問題が余計に難しくさせているかもしれませんが、これは単純に自分が持っている情報量で決まることです。色や構図の効果を知っている人はその視点から絵画を分析できるし、美術史の文脈がわかっている人は、現代アートを見てなるほどこれは○○のオマージュだなとわかる。海外の作品で、その国の歴史や文化がわかっていないとピンとこないというのはしょうがないことです。私も当然自分が知っていることでしか判断できないので「うーん、わからん!」というものだらけです。ですがいい作品というのは懐も深いので自由に解釈していいんじゃないかな、と考えています。いつも好き嫌いでしか見ていないという人は、次は自分の得意分野の視点から見てみると発見があるかもしれません。世の中の何にも関係していないアートというのは無いので。

 

写真家の展覧会では、視点であったり視覚による認識を意識しながら見ています。ところが荒木さんの作品はそういった冷静な分析なんかを突き抜けて揺さぶりが来ます。荒木さんが何度も発表する陽子さんや猫のチロ。そのストーリーを多くの人が知ってしまっている。荒木さんの作品は見る人にとっても「私写真」の一部と化してしまった。こうなるとやっぱり泣くしかないわけです。

 

同時に開催されているふたつの展覧会のチラシを並べてみました。荒木さんと陽子さん。カラーとモノクロ。縦と横。申し合わせたような組み合わせ。ジーンと来ますね。